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東京地方裁判所 平成元年(ワ)1399号 判決

原告

財団法人肥後厚生会

右代表者仮理事

春田政義

被告

株式会社日本興業銀行

右代表者代表取締役

中村金夫

右訴訟代理人弁護士

加藤一昶

小倉良弘

独立当事者参加人

天下一家の会・第一相互経済研究所こと内村健一破産管財人下光軍二

同破産管財人稲村五男

右下光軍二訴訟代理人弁護士

鈴木真知子

右下光軍二及び稲村五男訴訟代理人弁護士

藤川明典

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  参加人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、参加申立までに生じた費用については原告の、参加申立以後に生じた費用については参加人及び原告の平等負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

A事件について

(請求の趣旨)

一  被告は、原告に対し、八七九九万四八〇一円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五三年六月二一日から、内金二〇〇〇万円に対する同年一〇月二一日から、内金一二〇〇万円に対する同年一一月二五日から、内金二〇〇万円に対する同年一二月二六日から、内金三〇〇〇万円に対する昭和五四年二月二五日から、内金九〇〇万円に対する同年六月二四日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(本案前の被告の答弁)

一  原告の訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨に対する被告の答弁)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

B事件について

(請求の趣旨)

一  被告は、参加人に対し、八七九九万四八〇一円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五三年六月二一日から、内金二〇〇〇万円に対する同年一〇月二一日から、内金一二〇〇万円に対する同年一一月二五日から、内金二〇〇万円に対する同年一二月二六日から、内金三〇〇〇万円に対する昭和五四年二月二五日から、内金九〇〇万円に対する同年六月二四日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  参加人と原告との間で、別紙債券目録記載の登録債元利金請求権を参加人が有することを確認する。

三  訴訟費用は、原告及び被告の負担とする。

四  右一につき仮執行宣言

(請求の趣旨に対する原告及び被告の答弁)

一  参加人の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は参加人の負担とする。

第二  当事者の主張

A事件について

(請求原因)

一  原告は、別紙債券目録記載の各債券(以下「本件各債券」という。)につき、「財団法人天下一家の会理事長内村健一」の名義をもって、被告(本件各債券の募集の受託会社で、かつ、元利金支払事務の代表取扱者であって、債券の発行者から支払基金を収受して、債券上の債務を履行する責任を負っている株式会社である。)に登録した。

財団法人天下一家の会は、原告の名称変更後の名称であり、本件各債券登録後にその名称変更登記は熊本地方法務局登記官によって職権抹消されたものの、原告と法人格は同一である。また、内村健一は、当時、原告すなわち財団法人天下一家の会の適法に選任された理事であり、その代表権を有していた。なお、本件各債券の発行者と登録年月日は次のとおりである。

発行者 登録年月日

(1) 日本鉄道建設公団

昭和五一年二月四日

(2) 阪神高速道路公団

昭和五二年一二月一九日

(3) 北海道東北開発公庫

昭和五二年二月二一日

(4) 日本国有鉄道

昭和五一年二月二五日

(5) 日本国有鉄道

昭和五二年一〇月四日

(6) 北海道東北開発公庫

昭和五二年一月二一日

二  本件各債券を登録した者が原告(団体)と内村健一(個人)のいずれであったかについて、原告と参加人との間で従来から争いがあったところ、原告及び参加人は、平成二年二月一日、登録した者がいずれであったかを不問として、参加人は原告に対し被告に対する登録債元利金請求権を原告に帰属させることを承諾し、原告は参加人に対し和解金として六〇〇〇万円を支払うとの和解契約を締結した。

三  本件各社債の償還日は、すべて到来した。なお、別紙債券目録(6)記載の債券については、昭和五三年一二月二五日、抽選により繰上償還された。

四  よって、原告は、被告に対し、請求原因一の事実に基づき、又はこれが認められないときは、請求原因二の事実(和解契約)に基づき、本件各債券の元利金合計八七九九万四八〇一円及び各債券の償還期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(本案前の被告の答弁の理由)

原告は、内村健一その他の理事が適法に原告の理事に選任された旨主張しているが、そうであれば、現在の原告代表者とされる仮理事春田政義は、その選任要件を欠き、選任は無効であるから、本件訴えは、権限を欠く者によって提起されたものというべきであり、不適法として却下されるべきである。

(本案前の被告の答弁に対する原告の反論)

仮理事選任の要件としての「理事の欠けたる場合」とは、理事が存在しなくなった場合だけでなく、存在はするけれども事実上または法律上の原因から職務活動をすることができない場合もこれに含まれる。本件は、昭和五二年一二月一〇日、熊本地方法務局登記官によって原告の名称変更登記及び理事の就任登記が抹消されたために理事が職務活動ができなくなった場合であるから、仮理事の選任は有効である。

(請求原因に対する認否)

〔被告〕

一 請求原因一の事実のうち、内村健一が適法に選任された原告の代表者であり、原告が本件各債券を登録したとの点は不知。なお、本件各債券が「財団法人天下一家の会理事長内村健一」の名義をもって被告に登録されたことは、認める。

二 請求原因二の事実は認める。

三 請求原因三の事実は認める。

〔参加人〕

一 請求原因一の事実のうち、内村健一が適法に選任された原告の代表者であり、原告が本件各債券を登録したとの点は否認する。B事件の請求原因で述べるように、本件各債券を登録したのは内村健一個人である。なお、本件各債券が「財団法人天下一家の会理事長内村健一」の名義をもって被告に登録されたことは、認める。

二 請求原因二の事実は認める。

三 請求原因三の事実は認める。

(抗弁)

一  債権者不確知による供託

1 被告は、別紙供託目録記載のとおり、債権者不確知を理由とし、被供託者を、①原告、②内村健一、③人格なき財団たる天下一家の会、④人格なき社団たる天下一家の会・第一相互経済研究所として、本件各債券の登録債元利金を供託した。

2 被告が、本件各債券の登録債元利金請求権の債権者を確知できず、右の四者を被供託者と判断した理由は、次のとおりである。

① 原告

本件各債券の登録は、「財団法人天下一家の会理事長内村健一」の名義でされたところ、内村健一の右理事就任登記及び原告の名称である財団法人肥後厚生会から財団法人天下一家の会への変更登記がいずれも職権抹消処分を受け、財団法人天下一家の会は登記上存在しないことになった。従って、被告は、内村健一の本件各債券の登録行為は、財団法人肥後厚生会の権限のない理事によって行われた無権代理類似の行為であり、原告の追認があれば本件各債券の元利金請求権は、原告に帰属する可能性が生じると判断した。

② 内村健一

前記のとおり、内村健一に原告を代表する権限がないとして、その理事就任登記が職権抹消された経緯からすれば、内村健一が個人として本件各債券を登録したと解する余地があると判断した。

③ 人格なき財団たる天下一家の会

前記のとおり、財団法人天下一家の会は、その名称変更登記等の職権抹消処分を受けたが、社会的に財団法人天下一家の会と称する団体が存在し、抹消前の法人登記簿上も、社会的にも、基本財産、役員等の人的組織が整えられていたことが、昭和五〇年ないし五三年頃のネズミ講に関するマスコミ報道、国会委員会議事録、判決等により明らかであった。

④ 人格なき社団たる天下一家の会・第一相互経済研究所

内村健一は、天下一家の会・第一相互経済研究所の名称でネズミ講を主宰していたが、右ネズミ講による収入の大部分が財団法人天下一家の会の財産を構成しており、財団法人天下一家の会と天下一家の会・第一相互経済研究所とは一体と見られており、国税庁は、天下一家の会・第一相互経済研究所を人格なき社団であると認め、法人税を課していた事実が、昭和五〇年ないし五三年頃のネズミ講に関するマスコミ報道、国会委員会議事録、判決等により明らかであった。

以上のとおり、被告が、本件各債券の登録債元利金請求権の権利者がいずれであるかを確知できなかったことについて、過失はなかった。

二  消滅時効

1 本件各債券の利息請求権の消滅時効期間は五年であるところ、本件各債券のいずれの償還期日からも五年間が経過した。

2 被告は、本件各債券の利息請求権(別紙供託目録1、2、4、5、6の各供託金、3の供託金のうち二八万円、7の供託金のうち四四万一二九六円、8の供託金のうち二二万二七八二円、9の供託金のうち五万六〇〇〇円、10の供託金のうち七二万八六一九円及び11の供託金のうち一三万〇一〇四円の部分)の消滅時効を平成元年八月三〇日の第八回口頭弁論期日において援用する旨の意思表示をした。

3 仮に原告が参加人から本件各債券の登録債元利金請求権を和解契約により取得したとすれば、B事件における抗弁三(消滅時効)の主張を援用する。

三  取立債務

本件各債券の登録債元利金請求権は、いわゆる取立債務に該当するところ、一般に取立債務の弁済は、債権者の取立を必要とし、これがない場合は弁済期限の徒過について債務者に有責性はなく、被告に債務不履行責任は生じない。

(抗弁に対する認否)

〔原告〕

一 抗弁一(債権者不確知による供託)について

1 抗弁一1の事実は認める。

2 抗弁一2の各主張は否認ないし争う。マスコミ報道、国会議事録、ネズミ講関係の判決等においても、人格なき財団たる天下一家の会や人格なき社団たる天下一家の会・第一相互経済研究所の実在については懐疑的であった。

二 抗弁二(消滅時効)について

1 抗弁二1の事実は認める。

2 抗弁二2の事実は認める。

3 抗弁二3の事実は認める。

三 抗弁三(取立債務)の主張は争う。後述のとおり、被告は、不適法な供託により、原告の取立に応じない意思を予め明らかにしているのであるから、このような場合には、付遅滞のための取立行為は必要でない。

〔参加人〕

一 抗弁一の各事実に対する認否は、原告の認否と同様である。

二 抗弁(消滅時効)について

1 抗弁二1の事実は認める。

2 抗弁二2の事実は認める。

3 抗弁二3の事実はいずれも認める。

三 抗弁三(取立債務)の主張は争う。後述のとおり、被告は、不適法な供託により、原告あるいは参加人の取立に応じない意思を予め明らかにしているのであるから、このような場合には、付遅滞のための取立行為は必要でない。

(原告の再抗弁)

一  供託の無効

被告は、被供託者として原告や内村健一のほか、実在しない団体である人格なき財団たる天下一家の会や人格なき社団たる天下一家の会・第一相互経済研究所を加えているが、このような供託当事者能力を欠く者が被供託者に加えられた場合には、被供託者が供託物の還付を受ける手続きが不可能となるから、その供託は、全体として無効である。

二  時効期間の不進行

債権の消滅時効は、債権者が債権を行使することを得る時より進行するが、被告において支払いを拒否して供託し、かつ、その供託の効力について争いがある本件のような場合においては、原告の権利の行使を期待することはできないから、供託の有効、無効が裁判で確定するまで、時効の進行は開始しない。

三  権利濫用

被告は、前述のとおり、原告が本件各債券の元利金を受領できないような状態で供託しておきながら、その消滅時効を援用するのは、権利の濫用として許されない。

(原告の再抗弁に対する認否)

〔被告〕

一 再抗弁一(供託の無効)の主張は争う。原告は、還付請求につき同意の得られない被供託者を被告として還付請求権の確認訴訟を提起することにより、自己の権利を証明し、還付請求をすることができる。被告とされた被供託者が不存在の場合は、訴え却下の判決をもって原告の権利を証明することになる。

二 再抗弁二(時効期間の不進行)の主張は争う。

三 再抗弁三(権利濫用)の主張は争う。

〔参加人〕

再抗弁の各事実は、「原告」とある部分を「参加人」と読み換え、いずれも認める。

B事件について

(請求原因)

一  A事件の請求原因一の事実のうち、本件各債券の登録者を、原告を傀儡とした内村健一(昭和五五年二月二〇日熊本地方裁判所で破産宣告)と訂正し、内村健一が適法に選任された原告の代表者であるとの部分を削除するほかは、A事件の請求原因一と同じである。

二  A事件の請求原因三の事実と同じである。

三  原告は、参加人が本件各債券の登録債元利金請求権を有することを争っている。

四  よって、参加人は、被告に対し、本件各債券の元利金合計八七九九万四八〇一円及び各債券の償還期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告に対し、参加人が本件各債券の登録債元利金請求権を有することの確認を求める。

(請求原因に対する認否)

〔被告〕

一 請求原因一の事実のうち、内村健一が本件各債券を登録したとの点は不知。本件各債券が「財団法人天下一家の会理事長内村健一」の名義をもって被告に登録されたことは、認める。

二 請求原因二の事実は認める。

〔原告〕

一 請求原因一の事実のうち、内村健一が本件各債券を登録したとの点は否認する。A事件の請求原因一で述べたように、内村健一は原告を代表して本件各債券を登録したものである。

二 請求原因二の事実は認める。

三 請求原因三の事実は認める。

(被告の抗弁)

一  和解契約による権利喪失

A事件請求原因二の記載の和解契約により、参加人は、被告に対する本件登録債元利金請求権を喪失した。

二  消滅時効

1 本件各債券について、その元本償還請求権の消滅時効期間は一〇年、利息請求権のそれは五年であるところ、本件各債券のうち、別紙債券目録記載(4)(5)の債券以外のいずれの償還期日からも一〇年間が経過した。

2 被告は、別紙債券目録記載(1)ないし(3)及び(6)の元本請求権、本件各債券の利息請求権(別紙供託目録1ないし9の各供託金、10の供託金のうち七二万八六一九円及び11の供託金のうち一三万〇一〇四円の部分)の消滅時効を平成元年八月三〇日の第八回口頭弁論期日において援用する旨の意思表示をした。

(抗弁に対する認否)

〔原告及び参加人〕

一 被告の抗弁一の事実は認める。

二 被告の抗弁二の事実は認める。

(その余の主張)

その余の主張は、A事件における当該部分の主張と同様である。

第三 証拠〈省略〉

理由

第一A事件について

一本案前の被告の答弁について

記録によれば、原告の仮理事である春田政義は、昭和五五年五月二七日熊本地方裁判所により選任されたことが認められるところ、原告主張のように内村健一が原告あるいは財団法人天下一家の会の理事として昭和四八年三月一〇日に適法に選任されていたとしても、〈証拠〉によれば、内村健一を含む理事の就任登記、原告から財団法人天下一家の会への名称変更登記、事務所移転登記、資産の総額変更登記等が、昭和五二年一二月一〇日熊本地方法務局登記官により理事選任手続の瑕疵等を理由に職権抹消された事実が認められる。

右のように理事の就任登記が職権抹消された場合、法人としての対外的な訴訟行為や法律行為の遂行等に事実上困難を来すことは明らかであり、また、弁論の全趣旨によれば、右障害が除去されるまでの遅滞による損害を避けるために、原告の仮理事を選任する必要があるとして選任されたことが認められる。従って、原告の仮理事である春田政義の選任は、一応その選任要件を満たしており、少なくとも選任行為が当然に無効であるとはいえないから、被告の本案前の答弁は理由がない。

二請求原因について

1  請求原因一の事実について判断するに、原告主張の年月日に本件各債券が「財団法人天下一家の会理事長内村健一」名義をもって被告に登録された事実は、全当事者間に争いがない。そして、右登録が適法に原告の理事に選任され原告を代表した内村健一によってされて、本件各債券の元利金請求権を原告が取得したのか、あるいはB事件で参加人が主張するように、内村健一に原告の代表権はなく、内村健一個人が本件各債券の元利金請求権を取得したのかについては、これをいずれとも認めるに足りる適確な証拠はない。従って、原告の請求原因一の事実に基づく請求は、理由がない。

2  しかしながら、右のいずれであるとしても、請求原因二の事実、すなわち、原告と参加人との間で和解契約が成立し、本件各債券の元利金請求権を実体法上原告に帰属させる旨合意した事実は、全当事者間に争いがないから、結局、現在の本件各債券の元利金請求権者は、右和解契約以後は原告であると認めることができる。

3  請求原因三の事実は、全当事者間に争いがない。

三抗弁一(債権者不確知による供託)について

1  抗弁一1の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁一2の事実について判断する。

本件各債券が「財団法人天下一家の会理事長内村健一」名義で被告に登録された事実、内村健一を含む理事の就任登記、原告から財団法人天下一家の会への名称変更登記、事務所移転登記、資産の総額変更登記等の登記が昭和五二年一二月一〇日熊本地方法務局登記官により理事選任手続の瑕疵等を理由に職権抹消された事実は、先に判示したとおりである。そして、〈証拠〉によれば、被告が本件各債券の元利金につき供託をした昭和五三年から昭和五四年ころにかけては、内村健一が天下一家の会・第一相互経済研究所の名称で主宰していたいわゆるネズミ講が大きな社会問題となっていたが、その組織の実体については必ずしも明らかではなく、第八二回国会衆議院物価問題等に関する特別委員会の連鎖販売・ネズミ講等調査小委員会の議事録、第八四回国会参議院予算委員会の議事録、長野地方裁判所昭和五二年三月三〇日判決、静岡地方裁判所昭和五三年一二月一九日判決、これらの判決に関する評釈及び種々のマスコミ報道等において、天下一家の会・第一相互経済研究所が人格なき社団性を有するか否か、財団法人天下一家の会との表裏一体性があるかなど、その組織実体について議論がされており、それによれば、財団法人天下一家の会は、ネズミ講の会員を勧誘する宣伝のため、休眠財団法人であった原告を事実上乗っ取る形で名称を変更し、新理事を就任させてでき上がったものであること、国税庁は、天下一家の会・第一相互経済研究所につき人格なき社団とみなし、財団法人天下一家の会とともに課税処分をしていたこと、前記登記抹消処分がされるまでは、法人登記簿上のみならず、社会的にも財団法人天下一家の会と称する団体が存在し、天下一家の会・第一相互経済研究所のネズミ講による収入によりその基本財産が構成され、理事・監事等の人的組織も整えられていたことが認められる。これらの報道されていた事実を前提にして考えると、内村健一の代表権限を否定してされた前記登記抹消処分により、「財団法人天下一家の会理事長内村健一」名義でされた本件各債券の登録は、①原告の権限のない理事によって行われた無権代理類似の行為であり、原告の追認によって本件各債券の元利金請求権は原告に帰属すると考える余地があり、また、②右ネズミ講の実体からするときは、内村健一個人の財産として登録したものとも考えられ(〈証拠〉によれば、財団法人天下一家の会名義の不動産の所有権の帰属が原告と参加人との間で争われた別件の事件では、第一審と第二審が結論を異にしていることが認められる。)、③前述した財団法人天下一家の会の社会的実在性に鑑みると、登記抹消処分を受けたとはいえ、人格なき財団たる天下一家の会に本件各債券の元利金請求権が帰属すると考える余地もあり、さらに、④天下一家の会・第一相互経済研究所の実体及び財団法人天下一家の会との表裏一体性に鑑みると、人格なき社団たる天下一家の会・第一相互経済研究所に本件各債券の元利金請求権が帰属すると考える余地もあったと認められる。

以上のとおり、被告は、当時の状況からして本件各債券の各償還期日において、前記四者のいずれが本件各債券の元利金請求権の債権者であるかを確知することはできず、供託による免責の効果を受けるために前記四者をすべて被供託者とせざるを得なかったと認められ、被告が本件各債券の債権者を確知できなかったことについて過失はなかったというべきである。

四再抗弁一(供託の無効)について

自然人及び法人のみならず、法人格のない財団又は社団であっても、供託当事者能力及び被供託当事者能力を有することは、供託規則一三条二項一号、六号、一四条三項、二二条二項八号、二六条二項等からも明らかなように、供託法の予定するところである。ある具体的な団体が法人格のない財団又は社団といえるか否かは、極めて認定困難な問題であり、被供託者とされた団体が結果的に法人格のない財団又は社団であることを否定された場合には、供託物の還付手続に困難を伴うことになるが、そうであるからといって、債務者が過失なくして債権者を確知しえなかったといえるにもかかわらず、そのことのみをもって、供託の効力を否定すべき合理的な根拠はない(もっとも、債務者が故意又は重大な過失によって被供託当事者能力を有しない者を指定して供託した場合には、不法行為が成立する限り、債権者が供託物の還付を受けるに要した費用等を賠償すべきことになるであろう。)。

本件においては、原告が主張するように、被供託者とされた四者のうち人格なき財団たる天下一家の会及び人格なき社団たる天下一家の会・第一相互経済研究所は、既に認定判示した本件の事実関係から明らかなように、実体の捉え難い団体であって、結果的には人格なき財団ないしは社団としては不存在であるが、被告が供託した当時、そのような判断は、被告のみならず、客観的にも極めて困難であって、被告が右の二団体が人格なき財団又は社団であると判断したとしても無理からぬところであり、ましてや、右の二団体を被供託者に加えたことをもって被告がした供託が無効となると解しえないことは明らかである。

確かに、原告が還付請求手続をするうえで、被告が右の二団体を被供託者に加えたことが、これを加えない場合に比して、多大の困難を招来することは、容易に予想されるところではあるが、それは、内村健一が原告ないしはその他の団体の代表者と称するなどして不可解な行動をしたうえ、右内村個人が破産したことから、個人と団体との関係が問題となり、それによって必然的に生じる結果であって、本来原告ないしその他の団体と右内村とが内部的に解決すべきであった問題であり、これになんら関係のない債務者である被告が責められるべきものではない。もっとも、原告と参加人との間で和解契約が成立した現在では、もはや原告は、本件判決又はこれに類する書面を還付請求手続で提出することによって、その権利を証明することができるであろう。

以上のとおり、被告のした供託は、本件事実関係のもとにおいては、いずれも有効であると認められるから、再抗弁一は理由がない。

五よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第二B事件について

請求原因一の事実中、本件各債券の登録者が、原告を傀儡とした内村健一個人であるとの事実については、A事件についての理由中で判示したように、これを認めるに足る証拠はなく、請求原因一のその余の事実及び同二の事実は全当事者間に争いがないが、いずれにしても抗弁二(和解契約による権利喪失)の事実は当事者間に争いがないから、結局、参加人は本件各債券の元利金請求権を有せず、その余の点について判断するまでもなく、参加人の被告及び原告に対する請求は、いずれも理由がない。

第三結論

以上のとおりであるから、A事件の原告の被告に対する請求、B事件の参加人の被告及び原告に対する請求は、いずれも理由がないから、すべて棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九〇条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官井上哲男 裁判官小出邦夫)

別紙〈省略〉

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